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興行場の分類 |
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広義の興行場は、日本標準産業分類では、娯楽業(映画・ビデオ製作業を除く)となっており、映画、演劇その他の興行および娯楽を提供し、または休養を与える事業所並びにこれに付帯するサ−ビスを行う事業所が掲げられている。具体的な内容を次に示してみよう。 |
ア |
映画館 |
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アトラクションのあるなしにかかわらず、商業的に映画の公開を行う事業所をいう。 |
イ |
劇場 |
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演劇を提供する劇場およびその付属の劇団、歌劇団、オ−ケストラ並びに劇場を持つ興行団をいう。主として劇場を賃貸する事業所も含む。 |
ウ |
興行場 |
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落語、講談、野球、相撲などの娯楽を提供する興行場および興行場を持つ興行団をいう。寄席、演芸場、野球場(プロ野球興行用)、相撲興行場等。 |
エ |
劇団 |
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契約により出演または自ら公演し演劇を提供する劇団、俳優および演劇興行を請け負う事業所をいう。劇団、歌劇団(いずれも独立のもの)、芸能プロダクション、コンサ−ト・ツア−業等。 |
オ |
楽団および舞踊団 |
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契約により出演または自ら公演する楽団および舞踊団をいう。楽団、バンド、舞踊団(いずれも独立のもの)、歌謡歌手業(フリ−のもの)等。 |
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ここでは、大衆性が強いものの、需要分野が大きく変化している映画館に焦点を当てるとしよう。 |
(2) |
映画館の興行形態による分類 |
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以前はロードショー館、一般封切館、下番館などに分類された。ロードショー館は一般
封切館に先立って新作品を上映するものである。下番館は、ロードショー館、一般
封切館が上映したあとに上映するものであり、かつては2番館から26番館まで存在し、いわゆる「場末の映画館」と呼ばれる映画館が、全国津津浦浦にあり、小さな町にも最低1館はあった。 |
(3) |
変化する興行形態 |
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近年、資金の早期回収をはかるため、プリントを多くして拡大封切をするケ−スが増えており、ロードショー館、一般
封切館の区分は実際上意味をなさなくなっている。また、下番館の多くは姿を消し、下番館の意味をなさなくなった。現在では、下番館の役割を普及著しいビデオが補う形になっている。さらに近年では下記のように多様なスタイルの新業態映画館が出現し、既存型の映画館にとって代わり、次世代の新しい潮流になるとして、映画関係者の関心を集めている。 |
ア |
ショッピングセンタ−などと一体化した「複合施設映画館」 |
イ |
1映画館に複数のスクリ−ンを設置し多数の映画を同時に上映できる「シネマコンプレックス(複合映画館)」 |
ウ |
1ヵ所に複数の映画館を設置する「マルチシアタ−」 |
エ |
客席数が300席以下の小規模で、芸術性の高い映画を自館だけで公開する「ミニシアタ−」 |
オ |
屋外スクリ−ンに上映される映画を車に乗ったまま見ることができる「ドライブインシアタ−」 |
(4) |
長期的に著減の入場者数と映画館数が回復へ |
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昭和30年以降の入場者数と映画館数は上記のとおりで、映画全盛時代の昭和33年には映画館の入場者数は、当時の日本の人口9,100万人の12.4倍に及ぶ年間11億2,700万人という驚異的な数字に達した。映画館も昭和30年代前半には7,000館を超えていた。
その後、両者の減少に拍車をかけたのが、昭和28年に始まったテレビ放送の早いテンポの普及であった。とくにカラーテレビ放送が始まるとその動きは加速し、毎年1億人以上も減少していった。入場者数は昭和33年をピ−クに5年後の38年には5億1,100万人に半減し、48年以降は1億人台に落ち込んでしまっている。しかし、平成4年を底に一進一退で推移している。映画館数も入場者数の減少とほぼ平行して減少の一途をたどり、35年の7,457館をピークに減少し、平成5年には1,734館まで後退した。しかし、平成5年に長期低落の底を打って増勢に転じ、その後緩やかな回復をたどりだしている。
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