一般 公衆浴場業-2003年
1 概況
2003年
(1) 小規模事業所数が大幅に減少、半面、増加率著しい中規模層
  一般公衆浴場業とは、日常生活の用に供するため、公衆、または特定多数人を対象として入浴させる事業所をいう。一般 に銭湯業、湯屋業、ふろ屋業といわれているもので、温泉浴場業、蒸しぶろ業、サウナ風呂業、ソ−プランド業などの特殊浴場業は含まれない。また、ヘルスセンタ−やコインシャワ−業も含まれない。
  公衆浴場業は、公衆浴場法などにより、入浴者の保健衛生管理面から多くの法的規制が定められている。また、配置に関しては既存浴場との間に一定の距離規制が設けられおり、入浴料金も公共性が極めて強いだけに、物価統制令の対象となっている。近年では、年々増えている人件費等固定費を入浴収入でまかなえないため採算が厳しくなっているので、ほぼ毎年、入浴料金の改定が行われている。
  最近は、先発のヘルスセンタ−などに加え、東京都内でもボ−リングによる温泉湧出で温泉付き大型レジャ−施設が増加しており、また、工場跡地など広大な土地に大量 の駐車が可能で、しかも、一般公衆浴場並みの料金で入浴でき、食事や休憩施設も併設したス−パ−銭湯の進出が、既存業者の経営に影響を与えている。
  平成13年の全国の一般公衆浴場の事業所数は、6,983軒と11年に比べ516軒減少しているが、8年対比11年の830軒減少に比べると減少数が少なくなっている。減少率は6.9%減で、8年対比11年の10.0%減よりは減少幅が縮小しているが依然として業界からの退出が続いている。
  従業者数は、34,773人で、11年に比べ大規模公衆浴場業の増加を反映して6.0%増と、8年対比11年の2.9%減から増加に転じている。1事業所当たりの従業者数は4.9人(11年4.4人)となっており零細性が強い。
  平成13年の法・個人別事業所数は、個人が4,457軒(構成比63.8%)、法人は2,526軒(同36.2%)となっており、11年に比べ個人が8.6%減、法人は4.7%増と個人が減少している。

  従業者規模別に事業所数をみると、13年は4人以下が11年に比べ708軒減少しており、全体の減少数516軒を超えている。逆に増加しているのは、5〜9人で11年に比べ114店増えている。従業者規模別 の事業所の推移を平成3年と14年で比較すると、1〜4人は3年に8,355件あったものが、その後の11年間に3,213軒も減少、1年平均で292軒も廃業している計算になる。
  その一方で、10〜99人層が3年に比べ282軒(増加率91.7%)も増加しており、なかでも10〜19人が103軒増(増加率47.0%増)、20〜29人が91軒増(増加率3倍)、30〜49人が年70軒(4.7倍)に増加している。これらからみて、小規模層の減少、中規模層の拡大という構造変化が明らかに生じていることが読み取れる。

事業所数の推移 (参考)ヘルスセンター、
    サウナ風呂の施設数
(単位:店、%) (単位:店)
調査年 従業者規模 合計
1〜4人 5人以上
平成6年 (83.2)
7,644
(16.8)
1,549
(100.0)
9,193
平成8年 (79.2)
6,596
(20.8)
1,733
(100.0)
8,329
平成11年 (78.0)
5,850
(22.0)
1,649
(100.0)
7,499
平成13年 (73.6)
5,142
(26.4)
1,841
(100.0)
6,983
ヘルス
センター
サウナ
風呂
1,480 2,947
1,653 2,920
2,010 2,583
2,086 2,362
資料: 1 総務省「事業所・企業統計調査」
2 ヘルスセンター、サウナ風呂は、厚生省労働省「衛生行政業務報告」による。
(注) ( )内は構成比である。
(2) 半数以上が兼業、法人に比べて多い個人の兼業「無し」
  一般公衆浴場業以外の事業経営「有り」の施設割合は、「有り」が56.5%、「無し」は43.3%で、「有り」が半数を超えている。「無し」を法・個人別 に見ると、個人が49.0%と法人に比べて多くなっている。「有り」と回答した施設の事業内容を見ると「コインランドリ−」が24.0%と最も多く、次いで「アパ−ト・マンション経営」が20.3%となり、3番目以降の「駐車場経営」8.6%、「貸店舗・貸事務所」7.4%などに比べ、圧倒的に多い。〔厚生労働省「公衆浴場業(一般 公衆浴場)の実態と経営改善の方策」(平成11年3月)〕
(3) 後継者「無し」が「有り」を若干上回る
  後継者の有無も営業を存続するかどうかの大きな鍵を握っているが、経営者の年齢が50歳以上の施設についての調査では、後継者「有り」が44.8%、「無し」が47.8%と「無し」の方が若干多い。後継者「有り」を年齢階級別 に見ると、50〜59歳33.8%、60〜69歳39.6%、70歳以上が63.9%となり、高齢化になるほど後継者を確保している。つまり、後継者が決まっているから、高齢に達するまで安心して事業が継続されているといえよう。一方、後継者「無し」では、50〜59歳56.4%、60〜69歳52.4%、70歳以上が32.2%となっており、高齢になるほど少なくなっている。〔厚生労働省「公衆浴場業(一般 公衆浴場)の実態と経営改善の方策」(平成11年3月)〕
(4) 就業規則の整備が少ない個人経営
  就業規則の有無は従業員を確保する上で大事であるが、就業規則「有り」は16.4%で、「無し」が74.2%となっており、)就業規則の整備が進んでなく、前近代的な経営体が圧倒的に多い。これを法人・個人別 に見ると「有り」は個人経営10.4%、有限会社25.6%、株式会社47.0%であり、「無し」は個人経営77.7%、有限会社70.0%、株式会社51.8%であり、株式会社ですら「無し」が過半を超えており、業界全体にとって組織や労務管理体制の強化が望まれる。〔厚生労働省「公衆浴場業(一般 公衆浴場)の実態と経営改善の方策」(平成11年3月)〕
2 入浴の支出金額激減は利用回数の減少が影響
(1)
 「家計調査年報」(総務省)により、1世帯当たり年間の入浴への支出金額をみると、平成14年は681円で前年に比べ11.4%減となっている。また、利用回数は2.0回で前年の2.4回を若干下回っている。ただし、入浴料金は331円で前年に比べ1.9%上昇している。
  入浴料の支出金額は、平成元年には1,712円であったものが、その後傾向的に減少、一方、この間の入浴料金は上下変動があるものの、すう勢として上昇をたどっている。これは、入浴料金が「物価統制令」の対象となっており、各都道府県知事が定めることになっているため、利用客の減少、人件費の上昇などにより毎年のように入浴料金の改定が行われているためである。
  入浴料金は、制度上の下支えにより毎年底上げされるものの、問題は入浴回数の減少である。入浴回数を長期にわたり5年ごとにみると、昭和55年27回、60年15回、平成2年7回、7年4回、14年2回と年々減少しており、昭和55年の27回は現状から見ると隔世の感がある。
  この変化は、持ち家住宅の増加による自家風呂保有率の上昇、風呂付き賃貸住宅の増加などで自家風呂の普及による需要減退であり、一般 公衆浴場業は住宅分野の構造変化の影響をもろに被っている。したがって、景気が回復から上昇に向かえば利用回数も増加するという性質のものではないだけに、入浴回数の減退は深刻である。
(2)   同調査により世帯主の年齢階級別の入浴料をみると、最多支出は70歳以上で、年間支出は1,241円であり、次は60〜69歳で1,000円と世帯の年齢階級が若くなるにつれ支出は減少している。最多支出の70歳以上は、全世帯平均の1.8倍であり、60〜69歳は1.5倍であることから、銭湯のフアンは中高年、高齢者層であるといえよう。
(3)  同じ調査で都市別の支出状況をみると、最多支出は金沢市4,852円、次は大阪市4,044円、青森市2,870円となっっている。少ないのは那覇市、静岡市、仙台市で支出は微々たるものである。最多支出の金沢市は、全国平均の7.1倍にも及ぶ。総じて、入浴料支出は都市別 に大きくばらついている。
3 最近の動向
(1)
進む業界の構造変化
  公衆浴場への新規参入は、新業態のス−パ−銭湯の参入があるものの、既存型の参入はほとんどなく新陳代謝が乏しくなっている。一方、廃業率が高いペ−スで推移してきており、業界の構造変化が進んでいる。廃業率が高いのは住宅環境の改善による自家風呂の普及、風呂付きアパートの増加に伴って、利用者が減少したことによる営業不振、あるいは相続税等の税制面 の理由などにより転廃業が進んだためである。また、先の外部条件に加え、長時間労働という過酷な労働条件のため後継者難から経営者の高齢化が進んだことや、施設の老朽化、人手不足などの内部の問題も廃業を加速させる要因となっている。
(2)
自家風呂の保有者を引き付ける銭湯づくり
  自家風呂保有率の増加、風呂付き賃貸住宅が増加しているなかで、自家風呂保有者を積極的に引き付ける経営方針を打ち出した銭湯づくりが注目されている。いままでは「体をきれいにする」、「温まる」などが一般 公衆浴場を利用する主な動機であったが、最近では「疲れをとる」「くつろぐ」といった「リラクゼーション」の観点による動機も大きなウェイトを占めるようになってきている。これらを念頭においた経営が自家風呂保有者を引き付けるうえで重要な要素となっている。
  具体的には、泡風呂やハーブ湯、薬湯といった多機能的な浴槽を用意して利用を楽しませたり、個人のプライバシー保護を考慮し、入り口を番台方式からホテルのフロント方式にしたり、BGMを流して明るい雰囲気づくりをするなどの試みで、入浴回数の回復に向け努力している。
  また、最近では、都内にユニ−クさを売り物にした個性的な銭湯が、地域で存在感を示している。ラウンジにパソコンを置いたり、銭湯の3階にある専用のレッスンル−ムでプロ歌手のカラオケ指導が受けられる銭湯などが登場している。
(3)
高齢者、障害者への福祉入浴援助
  高齢者世帯、障害者が安全かつ容易に入浴できるよう、段差の解消のためのスロ−プの設置、浴槽、トイレ等への手すりの設置、滑りにくい床への改良等バリアフリ−を推進する銭湯が増えてきている。このような一定条件に伴う改造を加え、さらに入浴介助等を伴う入浴事業は、福祉入浴援助事業と呼ばれる。この事業を行う一般 公衆浴場は、平成10年4月より固定資産税の軽減措置の対象に認定されている。
(4)
コミュニティ施設としての公衆浴場
  一般公衆浴場は、ただ入浴するだけの施設ではなく、地域住民相互の対話の場であるといわれている。そのため、浴場施設内に集会場、休憩室を設け、開放的なコミュニティの場として提供し、周辺の住民のふれあいの場、情報交換の場として、利用者の増加を図っている一般 公衆浴場もある。
4 経営上の問題点
(1)
山積する切実な問題点、強まる外部圧力による経営圧迫
 経営上の問題点について10の項目を設定し回答(複数回答)を求めた結果 によると、1位は「利用者の減少」で88.2%、2位は「施設・設備の老朽化」50.5%、3位 は「ス−パ−銭湯の出現」34.5%であり、4位が「後継者難」26.1%となっている。〔厚生労働省「公衆浴場業(一般 公衆浴場)の実態と経営改善の方策」(平成11年3月)〕
  同じ経営上の問題点を国民生活金融公庫の「生活関連企業の景気動向等調査」の調査結果 (複数回答)でみると、1位は「利用者の好みの変化」、2位は「大企業の進出による競争の激化」、3位 は「店舗施設の老朽化・狭隘」、4位「新規参入業者の増加」の順となっている。
  当該調査の設問には「利用者の減少」がないので、「利用者の好みの変化」、「大企業の進出による競争の激化」、「新規参入業者の増加」などで利用者が減少していることを訴えている傾向が読み取れるが、労働厚生省と国民生活金融公庫の両調査を併せてみると、現状維持ができるかどうかの切実な問題に直面 している業者が多いことがうかがわれる。しかも、回答の上位を占めるのは「利用者の減少」「大企業(ス−パ−銭湯)進出による競争の激化」などで、外部からの圧力が強まっているだけに深刻である。
(2)
多い将来の悲観的な見方
  経営上、切実な問題点に直面しているが、経営者は将来性をどのように考えているのだろうか。一つのみの回答でみると「利用者減で悲観的」が最も多く66.4%、これに「後継者難で悲観的」5.7%を合わせると悲観的が72.1%と大きな割合を占めている。一方、「今の方法で有望」はわずかに2.0%しかない。「多様化、多角化すれば有望」10.0%、「今と変わらない」が10.8%であり、業界自体が将来、楽観できない状況にある。〔厚生労働省「公衆浴場業(一般 公衆浴場)の実態と経営改善の方策」(平成11年3月)〕
(3)
もう一つ決め手に欠ける現在の対応策
  では、このような厳しい経営環境下にあって、これまでどのような対策がとられてきたのかを、上記の調査でみてみよう。複数回答でみると1位 は「入浴券、サ−ビスデ−導入」38.6%、2位が「付帯設備の充実」28.7%、3位 が「宣伝・広告の強化」17.3%、4位「美観、清潔感の増強」17.3%となっている。「経営の多角化、多様化」は15.3%で5位 と順位は予想外に低い。
  同調査による設備投資の目的をみても「経営の多角化・多様化」は4位 で、2.4%と少ない割合であり、1位は「老朽設備等の補修」61.9%、2位 は「設備改善等で売上げ増大」11.6%となっており、これらからみて、目前に差し迫った本業の設備改善に追われ、付随業務への設備投資をするまでの余裕がないことがうかがわれる。
  この回答の中で「特になし」が25.1%で、2位の「付帯設備の充実」に次いで多いが、これは経営者の多くが高齢となり、しかも後継者が不在のため、問題点が山積していても、それに取り組む意欲が後退し、廃業に向け軟着陸を意図している回答が多分に含まれているのではなかろうか。
5 経営上のポイント
(1)
多様化するニ−ズへの対応には独自のコンセプト(着想)の明確化で
  最近の一般公衆浴場の利用者の声としては、「浴槽が大きくリラックスできる」「良く温まる」など、大きな浴槽の効果 を評価するものが最も多い。次いで「時間をゆっくりかけて、ゆっくり入れる」や「好きな時間に入れる」など入浴時間に気兼ねなく、自分の思う通 りに使えるという声が多い。また、「薬湯が利用できる」「サウナに安く入れる」など変わり湯の利用を楽しみにしている層や、「親子で一緒に入れる」「近所の人とのふれあいができる」など多種多様である。従来のように単に身体をきれいにすることを目的に銭湯に行くことから、今やニ−ズは「疲れをとり、気分転換を図り、リフレッシュするため」のものへと、明らかに変化している。
  このようなニ−ズの変化が意味することは、健康やゆとりを一般公衆浴場に求めているといえよう。このニ−ズに適応した経営を行うのには、現代の顧客の感性に合う独自のコンセプト(着想)が設備、雰囲気、サ−ビスなどに具体的に表現され、開放的で憩いの雰囲気にひたれる一般 公衆浴場を目指すことが求められている。〔(財)東京都生活衛生営業指導センタ−「環境衛生営業に係る消費生活調査」平成9年度〕
(2)
新規顧客誘致には、銭湯の良さの売込みが必要
 住宅の浴室保有率の上昇に伴い、一般公衆浴場について無関心の層が増え、事実、いま入浴料金がいくらなのか、あるいは、いろいろな種類の浴槽や露天風呂が設置されているなどの変化を知らない住民が少なくない。待っているだけでは、新規の顧客は誘致できない。いかに、周知を図るかが重要であり、ただ組合任せでなく、自分の創造的な発想で顧客誘致の方法を展開すべきある。銭湯はPRは不要と考えている経営者も少なくないと思うが、昭和55年の年間利用回数27回が望めない現状においては積極的なPR活動の実施は、新規顧客の開拓と既存顧客の維持確保のために不可欠である。
  それには、一般公衆浴場の良さや変わり湯などいろいろな種類の風呂が増えていたりして、昔に比べていかに銭湯が変化しているかを強調すべきである。また、「清潔さ」をアピールする必要がある。その際、文字だけに比べ施設内部を視覚的に訴える方が効果 的であるので、写真を用いることが望ましい。また、インターネットの時代となっているので、ホ−ムペ−ジを作成すれば、施設の特性を十分に周知することが可能である。
  最近、マイナスイオンが身体に良いとして人気を集めているが、銭湯には、このマイナスイオンが豊富に含まれていることが検証されている。このような科学的な面 からみた一般公衆浴場の優れた点を積極的にPRすべきである。季節ごとのイベントやサ−ビスの具体的な内容なども、より一層タイムリ−に地域住民に周知することが必要である。特に未利用者向けは、銭湯の良さを十分にアピ−ルすることが重要である。
(3)
進まぬ施設、設備の改善
  厚生労働省の「公衆浴場業(一般公衆浴場)の実態と経営改善の方策」(平成11年3月)では、経営上の問題点の2位 は「施設・設備の老朽化」となっているが、経営の維持に支障を来すだけに放置できない大きな問題である。同調査により、新築または改築後の経過年数をみると、30年以上の建物が全体の47.3%と半分近くを占め、木造建築物なら既に耐用年数を経過しており、施設、設備の改善を実行しなければならない状況にある。
  しかし、設備投資予定の内容では「施設の改装」は51.0%(複数回答)であり、「施設の改築」も19.8%に過ぎない。事業継続の不透明、後継者の問題などで、設備投資を実施する意思決定に迷っている経営者も少なくない。現実には、独自のコンセプト(着想)を明確にしても、大ががりな設備の改善は容易でなく、いきおい資金を多く必要としないソフト面 でコンセプト(着想)を定着させるような方向性を求めざるを得ないと思われる。
  今後、高齢化時代の進展に伴って、高齢者に配慮したバリアフリ−の施設が社会的に要求されるが、先の調査によるとこれらの設備は、現状では全体の24.1%が保有しているのに過ぎず、一方、保有なしは70.9%となっている。時代の要請による今後の設備改善への対応力にも問題が待っている。
  さらに、顧客用の駐車場は、顧客確保のために必要不可欠な営業施設になっている。近くのスーパーへも車でといった傾向がみられるように、周辺客を確保するのみならず、商圏を広げるためにも重要な施設であり、自家風呂所有者を引き寄せるためには必要視される。そうはいうものの、敷地に余裕がない浴場が多く、対応が容易に進まないのも事実である。
6 工夫している事例
(1)
企業概況
  • 立  地 :大阪市阿倍野区
  • 開  業 :昭和35年(2代目)、平成15年9月現在49歳
  • 業  種 :公衆浴場業
  • 設  備 :平成13年6月全面改装
  • 経営理念 :「やすらげる空間づくり」
  • 具体的指針(ビジョン) :“ほっと安心できる施設”の提供
(2)
後継するまでの経緯
  大阪府内の銭湯は、昭和35年から40年代が全盛期で、当時銭湯の数は2,400軒もあったが、現在は1,059軒と半分以下に減少してしまっている。当銭湯は、銭湯華やかなりしこの時代に先代の父親が開業したが、体調を崩し長男である現在の経営者が勤務を辞め家業を継いだ。引き継いだのは平成13年、周辺の銭湯がどんどん廃業に追い込まれている事情をみて厳しい時代であることは承知していたが、これまで夜中まで働く両親の背中をみて見て育ったことへの思いがまさり、全面 改装に踏切り2代目としてスタ−トした。
(3)
ス−パ−銭湯と家庭風呂のすき間をついた経営への挑戦
フロント形式に変更で若い客層確保
    2代目として引き継ぐに当たり、施設の改装を熟慮した。まず、当銭湯の周辺の住民は、どのような層が多いのか知ることが必要であった。そこで、近隣地区をくまなく見て歩いたところ、駅前という立地上ワンル−ムマンションが多いことが改めてわかった。サラリ−マン時代の市場を見極めるという経験が生かされた。若年層に銭湯のフアンとなってもらうのには、施設自体も若者の意識や行動にあったものに変更することが必要と判断し、番台をフロント形式に変更することに決めた。これが、結果 として、若い客層の開拓に結びついた。「ただいま」と入浴に訪れ、疲れを流して家路につく勤め帰りの若いサラリ−マンが次第に増えていった。
銭湯へ来るのを楽しみにしている高齢者にも配慮
   単身世帯、夫婦2人だけの世帯も増えており、銭湯での入浴を楽しみにしてくる人も多い。目的は入浴と同時に話相手が家の中にいないため銭湯に話相手を求めてやって来る人も少なくない。銭湯に来るのを楽しみにしている高齢者が、安心して銭湯にきてもらえるようにとバリアフリ−に十分に配慮した設計にした。玄関、脱衣場、浴室、浴槽などの段差を極力なくし、手すりを付けるなど、高齢者が安全に移動できるように配慮した。また、ロビ−にソフアを置き、昔懐かしい縁台で将棋をする光景を再現させるように将棋盤をおいたり、あるいは話の場にするように、くつろぎの場を設けている。また、この場所は、地域のコミュニケ−ションの場所にもなっている。
あふれるアイデア、大人も子供も楽しめる演出
  (ア)







  先代の時代から近くの幼稚園の体験入浴に協力しているが、現在の経営者になってから子供向けのさまざまな工夫が功を奏し、子供にせがまれて入浴に来る親子連れが多くなっている。体験入浴を通 じて常連になった子供もおり、子供同士が誘い合って銭湯に来る姿も見られる。ロビ−には、入浴後に子供も楽しめるようにテ−ブルと椅子の4点セットが置いてある。フロントのカウンタ−では、かみそりなどと並んで駄 菓子がずらりと並べてある。最初は湯上がり後ビ−ルを飲む大人のためにいかの足などを置いたものが、親子連れのリクエストで品揃えを増やしていった。風呂上がりに駄 菓子を食べながら友達と将棋に興じたり、それをお年寄りが指南するという、ほほえましい昔の路地裏の光景がしばしば見られる雰囲気になっている。なかには学校の遠足の前日に駄 菓子だけを買いにくる子供もいるという。
(イ) 安らぎの空間づくりにひと工夫
   限られた面積で入浴を楽しんでもらうため、月替りで男湯と女湯を入れ替えている。浴室内部はガラスを多く用い、昼間には太陽の光がさんさんと注ぐ明るい設計になっている。ロビ−には将棋盤を囲んだり、コ−ヒ−牛乳を飲みながらくつろげるようにソフアやテ−ブル・椅子のセットが置いてある。露天風呂に取り付けられたスピ−カ−からは、週替りで癒しの音楽を流しており、露天風呂にひたりながら安らぎの空間が楽しめる。脱衣場の隅には経営者夫婦が趣味で育てた季節の花がさりげなく置かれ、入浴者の目を楽しませるようにしている。
工夫の効果
  父親からの承継をきっかけに思い切った全面 改装、そして「やすらげる空間づくり」の経営理念のもとに、いろいろな手段を講じてきた。この結果 、改装後の2年間で入浴者数は3割増と好調に伸びている。
  ちなみに、生活関連企業の景気動向等調査(国民生活金融公庫)によると、最近の公衆浴場の来店者数は傾向として減少している。経営上の問題点で見ても、調査対象15業種の中で「利用者の好みの変化」が突出して多く、また「大企業の進出による競争の激化」は映画館に次いで2位 となっている。この2つの項目の回答をみると、持ち家の増加による家庭風呂の普及に加え、ス−パ−銭湯など大型銭湯の出現が既存の公衆浴場の入浴者数の減少に影響を及ぼしているといえる。
  ただし、ス−パ−銭湯の施設は確かに既存の公衆浴場より優れているが、そこにはすき間がある。どこをみても知らない人たちばかりで、広すぎて何となく落ち着かない。あっちの風呂にも、こっちの風呂にも入らなければという、あわただしい気持ちにさせられる。また、家庭風呂では浴室、浴槽が狭すぎる。つまり、片や広すぎる、片や狭すぎる、ここにすき間が生じている。当銭湯の経営者の狙いどころは、このすき間を、安らげる場所づくりによって埋めることであった。街の銭湯は、何となくほっと安心できる場所の強みがある。入浴していても知り合いが多く、なじみやすさがある。具体的指針である“ほっと安心できる施設”づくりの具体的指針が実現されているのである。
  もし、いまの経営者が学卒後ただちに家業を継いでいたら、狭い範囲の知識、行動に陥りがちとなり、先に見てきたような多くの経営手法を取り入れることはできなかったかも知れない。勤務者として、昔流にいえば他人の飯を食ってきたことが、いろいろな世間を見たり聞いたりでき、様々な状況にぶつかるなどの多くの経験が、後継者となったときに十分に生かされているといえよう。
  この事例は、経営者としてできる方法を考えることと、あきらめずに可能な限り新しいことに挑戦し続けることの重要性を教えてくれている。(全国生活衛生営業指導センタ−「生衛ジャ−ナル」2003年9月号から引用、加筆)
7 業界豆知識
☆ スーパー銭湯
  スーパー銭湯とは、規模が大きく、ロビーを持ち、露天風呂、ジェットバス、薬草湯等10種類以上の浴槽、サウナなど健康ランド並みの設備を備えた浴場施設である。大きな特徴は、自家用車での顧客の吸引を狙っているため広い駐車場を確保していることと、料金が健康ランド並みの施設を備えている割に安いことである。まさに、公衆浴場のス−パ−式経営である。   愛知県のある施設の場合、入浴料金は県内の銭湯と大差がなく、週末ともなると家族連れ、若い女性のグループで駐車場は満車状態が続く。平成2年に愛知県のボウリング場経営者によってオープンされたものが元祖といわれており、その後、サウナ業からの模様替えをはじめ、パチンコ店や繊維会社といった遊休地を抱える異業種からの新規参入が相次ぎ、愛知県内では早くも過当競争が指摘されるほどである。   公衆浴場として許可を受けているものは、物価統制令の適用を受ける「一般 公衆浴場(銭湯)」と健康ランド、サウナ風呂などの「その他の公衆浴場」に区分されるが、スーパー銭湯は、そのうち「その他の公衆浴場」に属する。国民生活金融公庫の貸付対象者は、物価統制令の適用を受ける「一般 公衆浴場業」と、都道府県の生活衛生営業指導センターから意見書の交付を受けた「サウナ営業」を営む者に限られるため、スーパー銭湯は、現在のところ貸付の対象とはならない。

資料

  1. 総務省「事業所・企業統計調査」
  2. 総務省「家計調査年報」
  3. (財)東京都生活衛生営業指導センター「環衛業に係る消費生活調査報告書」平成7年度
  4. 全国生活衛生営業指導センタ−「成功事例調査」
  5. 金融財政事情「企業審査事典」
  6. 中央法規「生活衛生関係営業ハンドブック2003」
  7. 厚生労働省「公衆浴場業(一般公衆浴場)の実態と経営改善の方策」平成11年3月
  8. 国民生活金融公庫「生活関連企業の景気動向等調査」
  9. 全国生活衛生営業指導センタ−「生衛ジャ−ナル」2003年9月号
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